奈良の大仏として有名な東大寺。毎日大勢の観光客で賑わいます。国内有数の観光名所と言って良いでしょう。
その大仏のある大仏殿とは別に、毎年一定の期間多くの人を集める場所が二月堂です。そこで修二会が行われるからです。
二月堂は修二会に特化された建物です。東大寺の修二会は、お松明とかお水取りといった呼ばれ方をして、数々の寺々の修二会の中でも特に人々に親しまれています。
この有名な修二会の様子を見学しようと、二月堂めがけていつもたくさんの人がやって来ます。しかし修二会行事は観光のための見世物ではなく、厳しい戒律のもとでの神聖な儀式であることを忘れてはいけません。
修二会は11人の行者によって執り行われます。全員が二月堂の内陣という空間に連日身を寄せて、本尊である十一面観音菩薩に向かって祈りを捧げ続けます。
しかし11人は皆同じ立場ではなく、それぞれ別々の役割があります。その人選の場が毎回前年末にあり、いつも世間の注目を集めています。
昨年12月16日、今年の配役が発表されました。2021年の東大寺修二会について、行事の日程や時間、見どころなどを踏まえて説明していきたいと思います。
目次
東大寺
東大寺は奈良県奈良市にある華厳宗の大本山で、別称を金光明四天王護国之寺といいます。創建は8世紀前半の奈良時代、約1300年も前のことです。
東大寺といえば奈良の大仏というくらい、東大寺の代名詞となっている盧遮那仏坐像が鎮座するのは金堂(大仏殿)で、その仏像も建物も国宝に指定されています。しかし東大寺の広大な伽藍には他にも国宝級の建造物がたくさんあります。
二月堂もそのひとつで、ここには大観音、小観音と呼ばれる二体の十一面観音菩薩が本尊として奉られています。旧暦2月に毎年ここで修二会という法要が行われてきたためにその名があり、二月堂はその修二会のためのみに作られた建物と言っても過言ではありません。
修二会とは旧年の穢れを祓い、新年の豊穣を祈る仏教儀式です。修二月会というのが本来の呼び方で、旧暦を使っていた昔はその名が示す通り2月に行われていましたが、新暦の今は必ずしもそうではありません。
1月でなく2月に旧年と新年のけじめをつけるのは、仏教発祥の地であるインドに関係するのですが、日本の暦に合わせて正月に同様の意味合いを持つ行事を行う場合もあります。それは修正会と言います。
その修正会や修二会の中でも東大寺の修二会がとりわけ歴史が古く、かつ規模も大きいことで有名です。修二会と言えば東大寺の修二会のことを指してしまうくらいです。
元々東大寺は第45代聖武天皇(生701年~没756年、在位724年~749年)が国家鎮護のために建立した国分寺のひとつです。そしてその中でも中心的役割を果たす総国分寺でしたから、修二会の場としては最も相応しいと言えるのかも知れません。
東大寺修二会
東大寺の修二会は創建当初の8世紀から連綿と続く、非常に厳かな宗教行事です。二月堂の本尊である十一面観音に僧侶達が自らの過ちを懺悔し、国家の安定繁栄と万民の幸福を祈ります。
修二会の日程は、かつては旧暦の2月1日から2月15日までで、文字通りまさしく二月堂の修二会でした。しかし新暦を使う今日では、3月1日から3月14日までの2週間として日にちを固定してあります。
練行衆
期間中は前もって選ばれた11人の練行衆と呼ばれる僧侶によって修二会が執り行われます。十一面観音に対する11人の過ちの懺悔ということで、正式名称は十一面悔過というそうです。
11人の練行衆には配役があり、それによって格が違います。四職と呼ばれる4人は平衆と呼ばれる残り7人よりも上席にあたります。
四職とは和上、大導師、咒師、堂司のことであり、和上は他の10人への受戒者であり、修二会の実質的な執行責任者は大導師になります。平衆はその中では上席の北座衆之一、同じく次席の南座衆之一、以下北座衆之二、南座衆之二、中灯、権処世界と続き、末席に処世界がいます。
2021年の配役
練行衆の僧侶は、前年12月16日に別当(東大寺住職)によって任命されます。この日は東大寺初代別当、良弁僧正の命日であり、毎年いつも開山忌法要が営まれる前に配役が発表されます。
昨年12月16日午前8時半頃、狹川普文別当が法華堂手水屋に集まった僧侶らを前に2021年1270回目となる2021年の修二会の練行衆の名前と配役を読み上げました。練行衆は2月初めごろにPCR検査を受け、2月6日から自坊や奈良市のホテルなどで外部との接触を断った生活を開始します。
厳格な行の内容
ところでその修二会では、11人の練行衆は具体的に何をするのでしょうか。肝心なところなのでもう少し丁寧に説明しておきます。
前行の期間
先ず3月1日からの本業に入る前に別火と呼ばれる前行があって、二月堂とは金堂を挟んで正反対の位置にある戒壇院の庫裡に全員が籠って合宿生活をします。この場所を別火坊といいます。
別火は2月20日から始まり、最初の5日の試別火の期間と、残りの総別火の期間に別れます。初めての練行衆となった新入と初めて大導師を務める人は更に5日前の2月15日から試別火の行に入ります。
試別火に入ると境内の外に出ることができなくなり、火を使うことは許されず飲食も制限されます。粛々と本行のための準備を進めながら、夜には節をつけながら経を読む声明の練習に没頭します。
声明の節は非常に複雑であり、しかも本行では全てそらんじて読まねばなりません。なので特に新入にとってはものすごく大変なこととなります。
2月26日からの総別火に入ると更に厳しさは増し、当日順次入浴後は行が終わるまで紙の衣を着用し続け、別火坊の大広間のゴザの上以外には座ってはならず、私語は禁じられ、火の気は一切駄目で、白湯や茶も勝手には口にできず、土間に降りることすら許されません。全ては身も心も完全に清めるためです。
本行の期間
そして3月1日を迎えてようやく本行に入るわけですが、ここからの2週間がまた厳しい日々の連続です。本行期間中の食事は厳格な作法に基づいて、一汁一菜又は二菜の質素なものが一回のみです。
本行中は一日が日中、日没、初夜、半夜、後夜、晨朝の六時に分かれ、それぞれの時に法要を行います。つまり一日6回2週間にわたって十一面悔過が行われるわけです。
修二会の別名にもなっているお松明とお水取り
この一連の流れの中で、殊更修二会のシンボルとなっているのがお松明とお水取りです。特にお水取りは広く東大寺の修二会そのもののように形容されますし、関西地方でもお松明といえば東大寺の修二会のことを意味するようです。
お松明の日程と時間
お松明とは、暗闇の中二月堂の舞台で燃え盛る松明を振り回す様をいいますが、本来その松明は初夜の行を始める際の、二月堂に上堂する練行衆の道明かりのために使うものです。ですから修二会の期間中は、毎日お松明を見ることができます。
ただしその内容については、若干異なる日があります。練行衆のうち処世界役は初夜が始まる前からその準備のため既に上堂しているので松明は必要なく、通常は10本の松明が見られるのですが、12日だけは処世界役も加わって11本となります。
通常は19時からの20分程度の時間が費やされますが、12日の開始は19時半からで時間は倍以上となり、松明もより豪勢になるため、この日のお松明に限って、籠松明との異名が与えられています。そして最終日は開始が早まって18時半となり、時間は半分に短縮されますが、逆に短い間にお松明が連続して登廊を上がっていく光景は圧巻です。
なお松明は、修二会の進行を支える人達である童子が練行衆の先に立ってかざしているのであり、練行衆自身が振り回しているわけではありません。それでもその火の粉を被ると無病息災に過ごせるとか、幸せに暮らせるといわれていて、わざわざ燃えかすを持ち帰る人までいるくらいです。
それからお松明が12日だけの行事と思っている人も多々いらっしゃるようですが、それは完全な間違いです。確かに12日のお松明が最も盛大ではありますが、お松明は記述の通り、修二会の期間を通して毎日執り行われています。
お松明に使用される材料は、予め1~2年もかけて準備されています。東大寺の周辺地域にはそのためのいろいろな講やグループがあってお松明に使われる材料を寄進していますが、中でも三重県名張市の伊賀一ノ井松明調進行事は、そのために約800年も続いている伝統行事として名高いものです。
お水取りの日程と時間
お水取りは12日のみに行われる、後夜の作法を中断して行われる儀式です。12日といっても実際には日が明けて13日の午前1時となっていますが、咒師が松明に照らされながら5人の練行衆を従えて閼伽井屋と呼ばれる建物まで行き、そこにあるとされる井戸から水を汲みます。
その井戸は、言い伝えによればかつての若狭国、現在の福井県から水脈が繋がっているとされていて、それ故その井戸には若狭井という名前が付いています。しかしそれは、お水取りの行事に関わる者以外誰も見ることのできない、謎に満ちた井戸なのです。
その存在の真偽の程は別として、閼伽井屋の若狭井から汲み出す水は、実際にその井戸に溜まっている水ではなくて、福井県小浜市から運び込まれた水です。そのために小浜市では、毎年3月2日にお水送りという行事が厳かに執り行われます。
その水は香水といい、本尊に供えられた後、二月堂内の石敷の下に埋め込まれている甕の中に納められます。その甕の香水は修二会の行中に使用されますが、それで減った分だけがまた新たに足されることになり、つまりはこの甕にはお水取りの長い歴史分の香水が入り交じっているということになります。
それを根本香水といいますが、甕はもうひとつあって、そちらには次第香水が納められています。次第香水とは、毎年お水取りで汲まれる水のことで、前年汲んで納められていたものは入れ換えられます。
前年の香水は、小瓶に詰められて参詣者に分け与えられます。ただし量的には限りがありますので、更に若狭井とは別の井戸水で割られて希釈されたものということになります。
二月堂の特異な空間構造
以上、修二会の中味について述べて参りましたが、修二会をより理解するためにもうひとつ見逃せない要素があります。それは二月堂の構造を知っておくことです。
二月堂の構造は複雑で、他の一般的な仏像建築の作りとはかなり相違点が見受けられるとのことです。しかしここでは専門的な話は置いておいて、イメージとして捉えられるよう、簡潔に説明します。
先ず二月堂の中心部に、内陣といわれる空間があって、その中央に二月堂の本尊である十一面観音菩薩二体が奉られています。練行衆は修二会の期間中その周りで連日行を重ねます。
本尊は須弥壇に安置されている絶対秘仏であり、誰も見ることはできません。またその内陣に入れるのは、作法に従う練行衆だけです。
内陣の外側を外陣が囲み、更にその外側には局と呼ばれる小部屋があります。そして外周を回廊が囲んでいて、初夜になるとこの回廊を松明が揺れ動くわけです。
修二会に参加しよう!
東大寺の修二会という荘厳極まりない宗教行事は、名だたる高僧が、いわば万民の身代わりとなって、前行も含めて丸一ヶ月もの長期にわたって厳しい環境に身を置いているのです。ですから祈られている我々としても、是非一度は同じ環境に身を置いて感謝の意を捧げたいものです。
もちろん我々が修二会の当事者になることはできません。しかし修二会の様子を垣間見ることは十分に可能な話です。
各種ツアーなどもいろいろ用意されているようですが、ここはひとつ、安易な手段は考えないで、自ら苦労して足を運んでみるのも宜しいかも知れません。我が身になりかわって連日懺悔している練行衆のことを思えば、それも然りではないでしょうか。
ただし2021年の東大寺修二会は、新型コロナウィルス感染防止対策として、様々な制限を設けていますので、詳細については必ず東大寺のホームページにてご確認下さい。華厳宗大本山東大寺の公式ホームページこちらをクリック!!
お松明の見学
一番見学しやすいのは毎日行われるお松明でしょう。ただし土日ともなれば、東大寺広しといえども、従来ならばそのキャパシティに追い付かないほど大勢の人が訪れますので注意が必要です。
12日は特別なお松明で迫力満点ですが、従来ならばこの日は平日であっても人で溢れかえります。警察なども動員されて通行規制なども行っているそうですので、最も盛大で最も時間の長いお松明ですが、人の流れに従うだけで、逆にゆっくり見ることはできないかも知れません。
いずれにせよなるべく早めに訪れて、待機するくらいの覚悟が必要かも知れません。3月とはいっても奈良の夜はまだまだ寒いですので、防寒対策もお忘れなく。
ただし2021年は新型コロナウィルス感染防止対策として、お松明見学について制限が設けられていますので、詳細については必ず東大寺のホームページにてご確認下さい。華厳宗大本山東大寺の公式ホームページはこちらをクリック!!
お水取りの見学
次にお水取りですが、こちらはお松明のような見た目の派手さはありません。そして深夜に行われるということで、なお一層の忍耐が必要と言えます。
本尊に供えるべき香水とはすなわち聖水であり、一連の修二会の行程の中では最も神聖な儀式となります。深夜にも関わらず雅楽が奏でられ、厳かな雰囲気の中で粛々と儀式が進行していく様を目の当たりにすれば、間違いなく心が洗われることでしょうし、そうなれば忍耐のしがいもあるというものです。
とは言え2021年は新型コロナウィルス感染防止対策として、お水取り見学に関しても注意喚起があるかも知れませんので、詳細については必ず東大寺のホームページにてご確認下さい。華厳宗大本山東大寺の公式ホームページはこちらをクリック!!
内陣参拝
そして最も肝心な練行衆による二階堂内での本行の様子ですが、こちらも従来ならば局に入って聴聞することができます。寛容なことにこれといった制限もなく、自由に入って良いそうですが、12日だけはいわゆる予約席だけとなるため、一般人は入ることができません。
また東大寺では、内陣参拝証なる許可証を発行していて、地元の有力者や協賛者などを通して限定的に配布しているみたいです。ただ、あくまで内陣を参拝する許可証であって、内陣に立ち入る許可証ではないと思います。
内陣は既に申し上げました通り、練行衆以外は立ち入り禁止ですから、入れるのは外陣までということになります。それでも局で遠巻きに聴聞するのと、内陣のすぐ周りの外陣で、内陣の様子をまざまざと目に焼き付けながら、まさに内陣を参拝できるのとでは、随分と大きな差があると思います。
練行衆になることはできなくても、せめて一体感を味わいたいのなら、やはり何としてでも内陣参拝証を入手したいものです。ただし二月堂には結界が張られているとのことで、女性の入堂は局までで、残念ながらその先の外陣に足を踏み入れることはできません。
しかしながら2021年は新型コロナウィルスの影響で、本行がある3月1日以降は参拝者は内陣はおろか、二月堂にすら入ることができないようですので、詳細については必ず東大寺のホームページにてご確認下さい。華厳宗大本山東大寺の公式ホームページはこちらをクリック!!
この記事のまとめ
- 東大寺の修二会は二月堂での11人の練行衆による十一面悔過であり、本行の期間は3月1日から3月14日までの2週間である。
- 練行衆は4人の四職と7人の平衆に分かれ、2021年の配役は前年12月16日に発表された。
- この修二会はお松明ともお水取りとも呼ばれたりするが、それらは本来修二会の中の行程の一部であり、それぞれ決まった日程や時間がある。
- 2021年の修二会は新型コロナウィルスの影響で内陣はおろか二月堂にすら入れないので、例年のように本行を目の当たりにすることはできない。
なお修二会期間中は、雨が降ろうが風が吹こうが一切関係なく、粛々と行事が進んでいきます。修二会行事は余興のためのイベントではありませんから、延期になったり中止になったりはしません。
二月堂の側に足を運ばれる方は、どうかそこのところをよく心得た上で行動して下さい。歓声や拍手などは慎まなければならないのはもちろん、私語や飲食なども厳禁ですよ。
練行衆の神秘的な行事の進行を、決して遮ってはいけません。それ故他にも何かと注意事項がありますので、それだけは厳格に守って下さいね。