愛知県名古屋市昭和区の尾張高野と呼ばれる八事山興正寺!御朱印は是非オリジナル御朱印帳に!

興正寺中門より、境内を覗く。

高野山は和歌山県の険しい山の中にあって、密教修行の聖地とされていますが、愛知県は名古屋市の昭和区という都会の中にも、尾張高野と称されて親しまれている所があります。

その名は八事山興正寺。かつて尾張藩主の祈祷所として繁栄を続けてきました。今では数々の霊場の札所となっています。

だからここには御本尊もたくさんいて、御朱印の種類も豊富です。そして尾張徳川家所縁であるが故の、風格漂う御朱印帳もあります。

そんな興正寺とはどんなところなのか、ちょっと覗いてみましょうか。

尾張高野、八事山興正寺

かの弘法大師空海が開祖である真言宗には、現在大小合わせて約50もの宗派があるそうです。

そのうちの主要な16派のひとつである高野山真言宗(別称高野宗、又は真言宗高野派)は、その空海が開基した、和歌山県の高野山金剛峯寺を総本山としています。

金剛峯寺の複数の建造物は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、ユネスコの世界遺産にも登録されています。

名古屋の八事山興正寺は、その金剛峯寺を総本山とする高野山真言宗の、別格本山とされています。興正寺が尾張高野とも呼ばれる所以でしょう。

興正寺標石には、高野山真言宗の別格本山である証が標されている。

なお似たような名称で、尾張高野山宗というものがありますが、こちらは天台宗の一宗派を指すもので、真言宗である興正寺とは全く別の話です。

ところで高校野球が好きな人なら、歴代最多優勝校が、春夏合わせて11回の、愛知の中京大学付属中京高等学校であることは周知のことと思います。

その中京大中京が、春夏通算133勝と最多の甲子園での試合で、勝つ度に歌う校歌の出だしが、♪こ~こやごとやま~♪なのですが、さすがにそこまで知っている人は、高校野球ファンといえどもごくわずかでしょう。

その校歌の出だしの八事山こそが、興正寺の山号である八事山です。

ただし中京大学は興正寺と隣接していますが、中京高校の方は、現在では八事山とは少しだけ離れた所にあります。それから今夏甲子園を沸かせた中京学院中京ですが、あの高校は岐阜県の代表校で、愛知の中京大中京とは別の学校です。

興正寺の御朱印

高野山真言宗の別格本山とまでされている通り、興正寺はかなり立派な寺です。

何と言ってもその広大な敷地。都会の中に残された自然豊かなこの緑地は、今でもまさに八事山と呼ぶに相応しい所です。

広い境内は、本堂のある西山普門院と、奥之院のある東山遍照院とに大別され、それぞれに歴史的価値のある貴重な建造物が数多く現存しています。

特に本堂前に誇らしげに建っている五重塔は、文化5(1808)年の建立で、東海地方では最古であるのはもちろん、唯一現存する木造の五重塔として、国の重要文化財に指定されています。五重塔内には、総本尊の大日如来が祀られているそうです。

興正寺の五重塔は、総高26.34mの中規模な塔婆で、東海地方で現存する唯一の木造建築による五重塔であり、国の重要文化財に指定されている。

興正寺は尾張地方の主要な寺院として長年存在しているため、数々の霊場の札所となっており、大日如来以外にも多くの仏様が祀られています。

それ故興正寺の御朱印は何種類もあって、全部集めようと思うとちょっと大変かも知れませんが、その分何回も参拝に訪れる楽しみが増えていいですし、実際その趣のある落ち着いた雰囲気には、何度来ても飽き足りません。

御朱印を手に入れたければ、本堂を正面にして、左側の納経所と書いてある建物まで行って下さい。平日でも参拝客の絶えない寺ですので、17時頃までなら誰や彼や詰めています。

左側建物が納経所で、御朱印はここで書いてもらえる。中央奥の建物は本堂で、屋根に載るしゃちほこが、いかにも威厳を表している。石畳の手前には五重塔がある。

さて五重塔の前には、巨大な大仏である釈迦牟尼仏が鎮座して、興正寺見物の目玉のひとつとなっています。

でも実のところこの大仏は、平成26(2014)年に誕生した、興正寺では一番新しく仲間入りした仏様なのですが、やはり大きいことは有難いことで、もうすでに御朱印にだって登場しています。

五重塔を背に鎮座する、興正寺の平成大仏。初めは総門前にあったが、後に五重塔前に移動した。

名古屋に三大仏ありと言われていて、そのひとつがここ興正寺なのですが、その大仏とはこの釈迦牟尼仏のことではなく、総本尊の大日如来のことです。お間違えのないように。

私は今まで大日如来、寿老人、不動明王、そして釈迦牟尼大仏と、別々の機会に4種類の御朱印を頂いていますが、いつも同じ人が書いているわけでもないのに、皆が皆非常に達筆であるのには驚かされます。

八事山興正寺総本尊の御朱印。中央に「本尊大日如来」と書いてある。

なごや七福神めぐりの霊場としての御朱印。中央に「寿老人」と書いてある。

東海三十六不動尊霊場第三十六番札所としての御朱印。中央、梵字の下に「不動明王」と書いてある。

平成の大仏は、すでに興正寺では参詣の目玉となっており、御朱印にも登場している。中央、梵字の下に「釋迦牟尼大佛」と書いてある。

何度も来るような時間的な余裕はないけど、お金には余裕があるという人は、もちろん一度にまとめて集めてしまってもいいですよ。一種類300円です。そのほかには正観世音と西方仏の2種類、全部で6種類の御朱印があったと思います。

興正寺の御朱印帳

興正寺がこの尾張の地で発展を続けてきたのには、江戸時代の尾張徳川家との深い関わりがひとつの要因と言えるでしょう。

興正寺は貞享3(1686)年に、高野山から移ってきた天瑞圓照がこの地に草庵を結んだことに始まります。

天瑞圓照和尚の人徳の厚さを知った尾張藩二代目藩主の徳川光友は、和尚を尾張の大導師として留めるべく、草庵のある八事の地に壮大な寺院の建立を許可して、自ら帰依することとなりました。

以後興正寺は、尾張徳川家の祈願寺として繁栄し続けたのです。

興正寺は尾張徳川家との関わりが深く、寺内では尾張徳川家の家紋である三つ葉葵が散見される。

ですから、興正寺の中には、今でも尾張徳川家の家紋である三つ葉葵の御紋があちらこちらで見られますが、何と言っても極めつけは、ここでしか入手できないオリジナルの御朱印帳でしょう。

それは一見、何となく高級感はありますが、とても地味です。しかし手にとってしっかりと見てみると、その気品の高さが分かります。

その御朱印帳は、表も裏も三つ葉葵の御紋で、一面上品に覆われているではありませんか。何と格式の高い御朱印帳なのでしょう。

興正寺で販売されているオリジナル御朱印帳の表表紙と裏表紙。大きさは縦16㎝×幅11㎝で、文庫本より縦がやや長い。表紙は紫の布張りに、尾張徳川家の家紋である丸に三つ葵が幾つも織り込まれており、非常に格調高い。

興正寺オリジナルの御朱印帳は、御朱印と同じように納経所で、1冊1000円で手に入れることができます。

興正寺の御朱印はやはり全種類揃えて、できれば全てこの有難い御朱印帳に記帳してもらうべきでしょうね。

まとめ

  • 真言宗である興正寺の宗派は、高野山真言宗(高野宗、真言宗高野派)である。
  • 高野山真言宗は和歌山県の金剛峯寺が総本山であり、興正寺は別格本山である。
  • 興正寺は尾張高野と呼ばれている。
  • 興正寺の山号は八事山である。
  • 名古屋三大仏のひとつとされる大日如来が、興正寺の総本尊である。
  • 興正寺はたくさんの霊場の札所となっている。
  • 興正寺の御朱印には多くの種類がある。
  • 尾張藩二代目藩主徳川光友の帰依を受けた興正寺は、その後尾張徳川家の祈願寺となった。
  • 尾張徳川家と深いつながりがある興正寺には、三つ葉葵の御紋で覆われたオリジナル御朱印帳がある。

興正寺では一年を通して様々な行事がれているので、いつも大勢の人で賑わっています。

縁日は毎月5日と23日。この日は敷地内に多くの露店や屋台が並びます。また有縁うえんの日ではありませんが、毎月21日は興正寺マルシェの日と銘打って、やはりいろいろな店が軒を並べます。

興正寺マルシェの様子。毎月21日に開催され、ちょっとこだわりのある食材や食品、小物等が販売されている。

マルシェとは、フランス語で市場という意味。純和風の寺院内で、西洋的なマルシェとは、なかなか面白い組み合わせですね。興正寺は実に寛大です。

マルシェでは、無農薬野菜や果物、無添加の加工食品とか、手作りの革製品といった、こだわりの品々が売られています。

興正寺には200台も収容できる大きな立体駐車場が隣接していますので、ちょっと買い過ぎて荷物になってしまっても車がすぐそばに停められるから大丈夫。思う存分買い物を楽しんで下さい。

興正寺敷地内にある公園より、奥の立体駐車場を望む。収容台数は200台で、かなり大きい。

駐車料金は平日昼間1時間200円、土日祝の昼間ですと1時間300円です。ご参考まで。ここに車を停めて、境内をゆっくり参詣してもらってももちろん構いませんよ。